岡山地方裁判所倉敷支部 昭和44年(ワ)84号 判決
原告 有限会社石崎建材
被告 富士火災海上保険株式会社
主文
被告は原告に対し金五一万六二四円およびこれに対する昭和四四年六月一五日から右支払ずみに至るまで年六分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は四分し、その三を原告の、その余を被告の各負担とする。
この判決は原告勝訴部分にかぎり、かりに執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金二二七万円、およびうち金二〇七万円に対する訴状送達の日の翌日から右支払ずみに至るまで、年六分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。」
との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求原因として
「一、(保険契約)
原告は昭和四三年四月一五日、原告は被告との間に左記の自動車保険契約を締結した。
(一) 被保険者 原告
(二) 保険期間 昭和四三年四月一五日から昭和四四年四月一五日までの一年間
(三) 保険の目的 原告所有の自家用乗用自動車(岡一せ四七五八号、以下甲車という。)
(四) 賠償額 対人賠償 金二〇〇万円
二、(事故の発生)
昭和四四年三月二四日午前七時四〇分ころ、岡山県吉備郡真備町有井地先交差点(以下本件交差点という)において、原告の従業員である訴外木村こと李光吉(以下李という)の運転する甲車と訴外篠田喜代志(以下喜代志という)の運転する原動機付自転車(以下乙車という)とが衝突し、喜代志は右側頭骨々折の傷害を負つて同日午前一一時ころ死亡するにいたつた。
三、(和解)
原告は喜代志の父である訴外篠田進(以下進という)から損害賠償を請求され、再三にわたる協議の末、双方の互譲により同年五月三一日に賠償額一切を金六五〇万円とする旨の和解が成立した。
原告はうち金三〇〇万円については強制保険金の保険金をもつて充当し、その余の金三五〇万円は同日支払をした。
四、(弁護士費用)
よつて原告は被告に対し保険金二〇〇万円の請求をしたが、これを拒絶されたので、やむをえず昭和四四年五月三一日弁護士の訴外甲元恒也および中村道男に訴訟委任をした。その際着手金として各三万五、〇〇〇円宛支払い、かつ成功報酬として各一〇万円を支払うことを約した。
なお、本訴はいわゆる通常の交通訴訟とはいえないにせよ、その実態はまさしく交通訴訟であり、交通事故による被害者加害者の区別はあつても、一つの交通事故によつて発生した損害で、かつ訴訟の技術的性格による追行の困難さに鑑み、通常損害と考えるのが相当である。
五、(結論)
よつて原告は被告に対し保険金二〇〇万円および弁護士費用二七万円の合計二二七万円およびうち金二〇七万円については訴状送達の日の翌日から右支払ずみに至るまで商事法定利率の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。」と述べ、
被告の抗弁に対して
「一、抗弁第一項中被告主張の特約が原被告間の保険契約の内容となつていたことは認めるが、その余の事実は争う。
被告主張の約款中の右特約は、同約款第二章賠償責任条項第一条に定められる保険会社の填補責任とあいまつて、保険者の填補すべき損害額はいわゆる実損額であり、被保険者ないし保険契約者と被害者間における損害額に関する合意に拘束されるものでないという当然の事理を規定したものであつて、実損が存する以上被告の填補責任は免れない。
二、同第二項の損害額、喜代志の過失を争う。
(1) 喜代志は死亡当時一七才で高校二年生の健康な男子であつたから、本件事故にあわなければ、昭和四五年三月に高校を卒業し、満六五才になるまで稼動し、収入をあげることができ、その給与、これをあげるに要する家計支出は別表<省略>のとおりであり、その得べかりし利益の喪失額の一時払額は金三三七万一、二四八円である。
進は喜代志の死亡により右損害賠償債権を相続した。
(2) 進は亡喜代志葬送、追善に要した費用は金二〇万円を下らない。
(3) 進は喜代志の父であるが、先に妻を不慮の死で失い、亡喜代志を唯一の男子として将来に期待するところ大なるものがあつたが、本件事故によつてこれを失うこととなり多大の精神的打撃を受けたのである。よつてその慰謝料は諸般の事情を考慮すると喜代志に過失ありとするも、金二〇〇万円が相当である。
(4) 以上を合計すると金五五七万一、二四八円となり、原告が和解した金六五〇万円は決して過大なものではない。」
と述べた。
立証<省略>
被告訴訟代理人は
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として
「一、請求原因第一、二項の事実は認める。
二、同第三項の事実は知らない。
三、同第四項中、被告が保険金の請求を受け、その支払を拒絶したことは認める。」と述べ
抗弁として
「一、原被告間の保険契約の内容である自動車保険普通保険約款第三章一般条項、第一一条第一項第七号には「あらかじめ被告の承認を得ないで損害賠償責任の全部または一部を承認しないこと」とあり同条第二項はこれを受けて「第七号の場合は被告が損害賠償責任がないと認めた部分をそれぞれ控除して、填補額を決定する」との特約がある。本件においては、原告は右特約に反したばかりか、被告の反対の意思を無視して和解したものであるから、被告が損害賠償責任がないと認めた部分は、被告において損害填補責任は存しない。
二、被告の認定した損害賠償額は次のとおりである。
(1) 得べかりし利益の喪失 金三三五万一、七六八円
(2) 葬儀費 金一五万円
(3) 慰謝料 金二〇〇万円
喜代志の相続人は同人の父である進だけであることからすると、右金額が相当である。
合計 金五五〇万一、七六八円
しかして本件交差点は、交通整理の行なわれていない左右の見とおしのきかない交差点であり、乙車の進行していた道路は甲車の進行していた道路にくらべ明らかに狭いものである。したがつて喜代志は、左右の安全を確認し、徐行ないし一時停止をして広い道路を進行する車の通行を妨げてはならない義務があるところ、これを怠り、乙車を時速四〇粁の速度で運転して本件交差点に入り本件事故となつたものである。
したがつてかかる点に喜代志の過失が存する。他方李については右道路状況からして徐行は義務づけられていず、ほとんど過失は存しない。
したがつて、損害については七割の過失相殺をするのが相当であつて、これを行うと金一八五万五三〇円となる。ところで右金額は強制保険金で支払われた三〇〇万円を下まわるものであつて、もはや被告が填補すべき部分は存しない。よつて原告の請求には応じられない。」と述べた。
立証<省略>
理由
一、請求原因第一、二項の事実(保険契約の締結および事故の発生)は当事者間に争いがない。
二、証人奥村耀朗の証言により真正に成立したと認められる甲第四、五号証および右証言、ならびに原告代表者の尋問の結果によれば、原告は喜代志の唯一の相続人である同人の父である進から損害賠償を請求され、再三にわたる協議の末、昭和四四年五月三一日、両者間で双方の互議により原告が金六五〇万円を支払うことで一切を解決する旨(うち金三〇〇万円は強制保険金の保険金で充当する)の和解が成立し、原告が六五〇万円を支払つたことが認められ、右認定に反する証拠はない。
三、ところで原被告間の保険契約の内容になつていた約款に被告主張の特約が存することは当事者間に争いがない。
原告代表者の尋問の結果および弁論の全趣旨によれば、原告代表者の訴外石崎栄市は、事故発生後、直ちに被告の倉敷出張所に行き所長の訴外安原某に対し、事故の概要を話し、保険金が支払われるか否かを確かめたところおそらく出るだろうとの回答を受けたが、その後被告の神戸支店の社員がきて、甲車の運転手の李について事故の態様を調査し、その結果「相手の過失を考慮すると損害額は二八〇万円であつて、結局被告からの保険金は出ない」との返答を受けたこと、しかしながら倉敷の交通相談で聞いたところ、六〇〇万円位は払わなければなるまいといわれたので、あえて六五〇万円で示談したこと、ところでその結果を、被告に報告すると支払えないとの返事があつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。
右事実によれば、原告はあらかじめ被告の承認をえないで損害賠償責任の一部を承認したことになるから、文理上はまさしく被告主張の特約が適用される事実関係にあるものと認められる。
ところで右の「あらかじめ被告の承認をえないで損害を承認したときは被告の認定した填補額のみを支払う」との特約の意味であるが、<1>加害者側である被保険者が損害賠償債務を承認すること自体は、本来保険会社の何ら口をはさむべき筋合のものではないのであつて、さらにこれを罰則をもつて禁止する性質のものではないこと、むしろ、和解によつて争いを止めることは好ましいことであること、<2>右条項は加害者側と被害者とが和解によつて法律上の損害賠償義務を負担しても損害保険の性質上、その額中実損額を超過する部分は、保険会社が填補しないことを明らかにしたものとしての規定の意味があること、<3>填補額の算定は保険会社に委ねているが、その算定は保険会社の恣意まで認めるべきものでなく、あくまで実損額の算定を目標とすべきであること、<4>一体に交通事故による損害賠償額の算定は、事実認定の困難さらに不確定な将来の予測を含み、過失相殺に対する評価基準の差異等の複雑な要素のため、人によつてその判断を異にし、かかる場合に、その判断を第三者に委ねるのは格別、契約の一当事者たる保険会社に全面的に委ね、ただその判断が、あまりに信義則に反した場合のみに裁判所の監督による是正をさせるとすることは、<1>の承認の性質からしてあまりに保険会社に有利な解釈であつて具体的にその知不知をとわずに当事者を拘束する約款としては妥当ではなく、右特約は通常の事態を規定したにとどまり、一旦その実損額の算定について争いとなつた場合に、その算定につき裁判所の判断を排除するまでの意味はないものと認めるのが相当である。
四、よつて次に損害額について検討する。
(1) いずれも成立に争いがない甲第一ないし第三号証および証人奥村耀朗および原告代表者の尋問の結果によれば、亡喜代志は死亡当時一七才で高校二年生の男子であつたから、本件事故にあわなければ昭和四五年三月に高校を卒業し、満六五才になるまで稼働し、収入をあげることができることが認められ、右認定に反する証拠はない。
右事実および裁判所に顕著な賃金事情からすると同人の得べかりし利益の喪失額の一時払額は少くとも原告主張の金三三七万一、二四八円はあると認めることができる。
(2) 次に進が喜代志の葬儀等に要した費用であるが、亡喜代志の年令およびその挙式の時期からして、金一五万円程度は必要と考えられる。
しかし右金額以上の部分についてはこれを認めるべき具体的証拠はない。
(3) 過失相殺
いずれも成立に争いがない乙第一ないし乙第四号証によると、本件交差点は、交通整理の行なわれていない、反射鏡の設備はあるが左右の見とおしのきかない交差点であり、乙車の進行していた道路(乙路という)は巾員三・三米、甲車の進行していた道路(甲路という)は巾員五・一米でありこれが直交していること、もつとも本件交差点をこえると乙路は巾員六・四米の橋となり、甲路は巾員四・八米の道路となつていること、したがつて甲路、乙路との間では明らかに広狭の差のある道路とは認められないこと、しかし、甲車の方が左方車になること、甲車の運転手である李は甲路を時速約三〇ないし三五粁の速度で進行して本件交差点に入ろうとしたところ、前方約九米のところに、乙路から同じく本件交差点に入ろうとしていた乙車を発見し、急ブレーキをかけたが、間に合わず甲車の前部バンバー中央付近を乙車の左側面に衝突させるに至つたこと、そして、乙車を甲車の進行方向に飛ばしていること、(この点からすると衝突時の乙車の速度はさほど高くはないと考えること)、他方喜代志も相当の速度で本件交差点に入つたのであるが、その際一旦停止、あるいは十分に左右の安全確認をする等の処置はとらなかつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。
右事実によれば、李および喜代志はいずれも本件交差点が見とおしの悪い交差点であるからここに入るに際し減速して左右の安全確認を十分にしたうえで交差点に入るべきであるのにこれを怠つた点に過失が認められる。
右両者の過失を考慮するに、甲車の方が左方車であるが、しかし大型車を運転する者としてさらに厳重な注意をすべきことを考え合わせると、損害額の約五割を過失相殺するのが相当である。
そうすると損害賠償額は、(1) 得べかりし利益の喪失については一六八万五、六二四円、(2) 葬儀費については金七万五、〇〇〇円合計一七六万六二四円とするのが相当である。
亡喜代志の死亡により同人の父である訴外進が相続するに至つたことは当事者間に争いがなく、したがつて右の(1) の損害賠償債権は進が相続するに至つたと認められる。
(4) 慰謝料
証人奥村耀朗の証言および原告代表者の尋問の結果によれば、進は喜代志の父であるが、先に妻を不慮の死で失い、本件事故により五人兄弟(男二人、女三人)の長男として将来を期待していた喜代志を失い、多大の精神的打撃を受けたことが認められる。右事実と亡喜代志が僅か一七才で死亡するにつき本人の無念さは当然考えられること、およびすでに認定した、事故の態様、双方の過失、得べかりし利益の喪失としての認定額、その他一切の事情を考慮すると、進は慰謝料として金一七五万円の支払を受けるのが相当である。
(5) 以上検討したところによれば、損害額は前記合計額である金三五一万六二四円となる。
そうすると、原告が進に対して金六五〇万円の損害賠償債務を負担したうち右三五一万六二四円が本来の損害賠償責任額であり、そのうち強制保険から金三〇〇万円の填補を受けていることは当事者間に争いがないのであるからこれを控除した残額の金五一万六二四円は、本件保険契約によつて被告が原告に支払わなければならないものと認められる。
原告の請求中、右をこえる部分については理由がない。
四、次に弁護士費用の請求について判断する。
ところで、本訴は交通事故を原因とするものであるが、通常の加害者対被害者間の不法行為にもとづく請求と異り、保険契約の履行を求める請求であつて、その間に差異があり、本件における弁護士費用が右契約関係の債務不履行についての相当因果関係ある損害と判断することはできずまた訴訟に持ち込んだことを不当抗争として不法行為としてとらえうるかの問題があるが、特約により保険会社たる被告の判断が第一次的なものであり、被保険者がこれに不服があるときは裁判制度を利用するということになることは既に特約の解釈において指摘したところであり、そうだとすると、保険金の支払を拒絶して本訴に持ち込ませた被告の態度を直ちに不当抗争といい難く、損害算定の困難さからしても、具体的に本件において被告が不当に抗争していると認めるべき証拠はない。
したがつて、原告の弁護士費用に関する請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
五、そうすると原告の本訴請求は被告に対し保険金五一万六二四円およびこれに対する訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四四年六月一五日から右支払ずみに至るまで商事法定利率の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条第九二条を仮執行の宣言について同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 浅田潤一)